相似な図形
形を変えずに大きさを変える魔法。
対応する辺の比と角の保存という不変のルール。
タレスのピラミッド測量から現代のフラクタル幾何学に至るまで、
スケールを超えて世界を貫く「自己相似」の真理を紐解く。
第1章:形を保つ魔法と「相似比」
相似(Similarity)とは、一つの図形を「形を変えずに」拡大または縮小した関係にあることだ。数学的には、対応するすべての角の大きさが等しく、かつ、対応するすべての辺の長さの比が等しい状態を指す。 写真をスマートフォンでピンチアウトして拡大しても、写っている人の顔が伸びたり縮んだりしないのは、この「相似」の性質が保たれているからである。
大きさの比率を表す「相似比(Similarity Ratio)」は、相似な図形を支配する強力なパラメーターだ。相似比が $1:2$ であれば、すべての辺の長さは2倍になる。 しかし、ここで直感に反する魔法が起きる。長さが2倍になれば、面積は $2 \times 2 = 4$ 倍に、体積は $2 \times 2 \times 2 = 8$ 倍に跳ね上がるのだ。「相似比が $m:n$ ならば、面積比は $m^2:n^2$、体積比は $m^3:n^3$ になる」。これは幾何学における最も美しく、かつ実用的な法則の一つである。
スケールを超える不変性
各辺の長さが2倍になっても、直角や他の鋭角の大きさは全く変わらない。
このとき、面積は $2^2 = 4$倍 になっている。
△ABC ∽ △DEF
物理的な解釈:ズームと解像度
地図の「縮尺」は相似の最も身近な例である。$\frac{1}{10000}$ の地図は、現実世界という巨大な図形と相似比 $1:10000$ の相似な図形である。 地図上の1cmは現実の10000cm(100m)を正確に表現している。形が歪んでいれば、私たちは目的地に辿り着くことができない。相似とは、異なるスケールの世界を繋ぐ翻訳システムなのである。
相似を表す記号「∽」は、ラテン語や英語の「Similar(相似の・類似の)」の頭文字である「S」を横に寝かせたものに由来する。これを考案したのは微積分をニュートンと独立に発見したことでも知られるライプニッツだと言われている。ちなみに日本では「≡」(三本線)が合同記号として使われているが、国によって使われる記号の形が微妙に異なる。
実践:相似条件と計算のアルゴリズム
相似であることを証明し、そこから未知の長さを導き出すには、明確なルール(相似条件)と「比例式」を利用する。これらを使いこなすことが図形問題攻略の鍵となる。
1 三角形の相似条件(3つの武器)
2つの三角形が相似であると言うためには、以下のいずれか1つを満たすことを証明すればよい。
- 3組の辺の比がすべて等しい
- 2組の辺の比とその間の角がそれぞれ等しい
- 2組の角がそれぞれ等しい
特に3つ目の「2組の角がそれぞれ等しい」は、辺の長さを知らなくても形だけで判定できるため、圧倒的に使用頻度が高い。
2 比例式の解き方:内項の積と外項の積
相似比を使って未知の辺の長さを求める際、$a : b = c : x$ という式が頻出する。
「内側同士を掛けたものと、外側同士を掛けたものは等しい」という性質を使えば、分数を作らなくても一瞬で1次方程式に変形できる。
「相似比が $2:3$ のとき、面積比も $2:3$ だろう」という直感的な思い込みは、中学生が最も陥りやすい罠である。正しくは $2^2:3^2 = 4:9$ となる。ピザのサイズが直径20cmから30cm(相似比 $2:3$)になったとき、食べられる量は1.5倍ではなく、2.25倍($9 \div 4$)に増えているのだ。これを知っているだけで人生で損をせずに済むかもしれない。
第2章:ピラミッドの影とタレスの知恵
相似の歴史は古く、紀元前7〜6世紀の古代ギリシャの哲学者であり、最初の数学者とも呼ばれるタレスの有名な逸話にまで遡る。
巨大なピラミッドを測る
タレスがエジプトを訪れた際、巨大なエジプトのピラミッドの高さを測るという難題に挑んだ。彼が使った道具は、特別な測量機器ではなく、伝承によれば「1本の棒」、あるいは自分自身の影だったとされる。 彼は太陽の光が地球には平行に降り注ぐことに着目した。地面に垂直に立てた棒と、その影が作る直角三角形は、ピラミッドの高さとピラミッドの影が作る巨大な直角三角形と「相似」になる。
時を待つ測量
彼は、太陽の角度が変わり「棒の影の長さが、棒の長さとちょうど等しくなる瞬間」を待った。その瞬間にピラミッドの影の長さを測れば、計算すら不要でピラミッドの高さが分かるからだ。 別の伝承によれば、「棒の長さ : 棒の影 = ピラミッドの高さ : ピラミッドの影」という比例式を用いたともされる。いずれにせよ、これは「2組の角がそれぞれ等しい」という相似条件を利用した、人類初の論理的測量であった。
第3章:相似条件の論理構造
なぜ三角形の相似条件は3つしかないのか? そしてなぜ「2つの角」だけで相似が確定するのだろうか? その背後には、ユークリッド幾何学の美しい論理構造が隠されている。
大きさを捨て、形だけを残す
「合同(全く同じ形・同じ大きさ)」の条件には、「1組の辺とその両端の角がそれぞれ等しい」というものがある。 相似においては「辺の長さ(大きさ)」は問わず「形」だけが重要である。したがって、この合同条件から「辺の長さ」という制約を取り払うと、「2つの角が等しい」ことだけが残るのだ。
内角の和がもたらす必然
平面上の三角形の内角の和は常に $180^\circ$ である。したがって、2つの角が等しければ、残りの1つの角($180^\circ - \text{角A} - \text{角B}$)も必然的に等しくなる。 3つの角がすべて等しい図形は、どう拡大・縮小しても元の形にぴったり重なる。つまり「2つの角が等しい」というだけで、図形のDNAである形が完全に決定されてしまうのである。これは平面幾何学の強固な論理的帰結だ。
第4章:フラクタルと自己相似の宇宙
現代において、相似の概念は中学校の幾何学を飛び出し、「フラクタル(Fractal)」という新たな数学・物理学の領域へと進化した。
自己相似性という無限
フラクタルとは、図形の一部を拡大すると、全体と同じ形が無限に現れる「自己相似性(Self-similarity)」を持つ構造のことだ。 フランスの数学者ブノワ・マンデルブロが提唱したこの概念は、数学の枠を超え、自然界のあらゆる場所に存在することが判明した。
自然界のフラクタル
カリフラワーの一種である「ロマネスコ」の螺旋形状、入り組んだリアス式海岸線、雪の結晶、血管の分岐、さらには株価の変動グラフ(1日の変動パターンと1年の変動パターンが似ている現象)に至るまで、世界は自己相似的なフラクタル構造で満ちている。 映画やゲームのCGでリアルな山脈や雲を描画する際にも、この自己相似のアルゴリズムが使われている。相似とは、単なるテスト問題のための図形操作ではなく、宇宙を形作る根本的なデザインルールなのである。
スケールを超える真理
ミクロの細胞から、マクロな宇宙の構造まで。
大きさが変わっても「形(関係性)」が保たれるという事実は、
この世界がランダムではなく、
確固たる秩序に基づいて設計されていることを証明している。
相似を学ぶことは、見えない法則を見抜く目を養うことなのだ。